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勅使川原三郎 舞台「ゴドーを待ちながら」


今日は、勅使川原三郎による舞台「ゴドーを待ちながら」をみてきました。 僕の大好きなサミュエル・ベケットの不条理演劇「ゴドーを待ちながら」を創作したダンス作品。 カメラマンの三浦麻旅子さんが撮影を担当しているということで知った公演。

いろいろと感想はありますが、やはりベケットの世界観は素晴らしいですね。 何も解決しない。 最後どうなったかわからない魅力。 ストーリーは結果がないとだめだが、「ゴドー」には結果がない。 終わったという快感だけ。 それを音楽や歌詞の世界でもやってみたいと思ったのが学生時代にベケットを知って思ったこと。 ベケットの本を最初に読んだときのことを思い出す。

ぴんとこない。 でもそれがまさに「はまっている」ことになる。

たったニ人の登場人物は生きているのか死んでいるのかさえわからなくなり、 なぜゴドーを待ってるのかもわからなくなっていく。 本の中の言葉や演劇ではそのぴんとこないまま終わっていく感覚が、 今日のダンスという身体表現で織りなす「ゴドー」はなんとなくだが伝わってくる何かが見えた。

一人芝居による「言葉」と一人による身体表現。 待っても現れない繰り返しが身体によって言葉と絡み浮遊する。 一人だから細かくなる動きになったり、一人二役の話し言葉によって会話が曖昧にきこえたりと、非日常とか非現実とか不自然になる世界観。 この捉え方に脱帽でした。 アイデアって素晴らしいですね。

今年の僕の作品『one day 2』からはじまった今年のテーマ「身体表現」。 「動き」による伝わり方の変化。 まさに今日はそれを改めて2015年最後の12月に感じることができてよかったです。 残りライブでもいろいろ試していきます。

「ゴドーを待ちながら」は、 14日まで公演がありますので、興味のある方はぜひ。

2015.12.12 丸山茂樹

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