

兵庫県立美術館「パウル・クレー だれにも ないしょ。」展
兵庫県立美術館にて開催中の「パウル・クレー だれにも ないしょ。」展に行ってきました。 僕の大学院時代の研究テーマであった『音と造形の関わりについての一考察』の一節で、パウル・クレーを取り上げるくらい自身の音楽表現に影響を与えた画家でした。 クレーは、音楽の可能性を自分の視覚芸術に生かすことにより、作品を特徴づける独特の手法を生み出していきました。
音楽における記号であるフェルマータをモチーフに作品を描いたり、ポリフォニー的な絵画を実践したり、音楽から得る創造が様々。
時間芸術と空間芸術の区別がわからなくなるほどの芸術。 自らが語った言葉、
「ただ無常なものからの抽象だけが残った。その題材はこの世だが、目に見えているこの世界ではない」
「僕にとっては中間の世界だ。そう呼ぶわけは、人間の五感が外的に捉えることのできる世界の隙間に、僕はその世界を感じ取るからだ。子どもや狂人、未開人には、その世界が今なお見えている。もしくは今ふたたび見えるようになっている」 これらは印象的であるし、大学院時代にはわからなかった言葉である。 人には見えないものが


横尾忠則現代美術館「続・Y字路」展
今日は横尾忠則現代美術館で開催中の「続・Y字路」展へ。 ひとつのテーマに絞った彼のワークに刺激を受ける。
写真を撮ってきた各地のY字路を元に描く。
構図も筆のタッチも新たな彼の表現に触れられた時間でした。 特に黒いY字路。
闇の中に見えてくる様々な現象、具象。 【見えないものを見えるように引き出す顕在能力が絵画の力だと考えてきたけれど、逆に見えるものを見えないようにすることはできないだろうかと考え始めた】 この考えに共感します。
わざと暗くした部屋に黒い背景。
そこに黒いY字路。
見にくいんだけど、じっと見ていると浮かび上がる群像。
新しいアイデアをもらいました。 #横尾忠則 #Art


東京都美術館「モネ展」
東京都美術館で開催中のモネ展に行ってきました。 印象派。
改めて眺めていると自分の音楽との類似性を感じる。
輪郭ではなく存在自体を描く。 僕の『one day』とも同じ感覚。
時間や風景を切り抜くのは、ただ朝っぽいとか海だとかじゃなく、そこに見えた存在を音にしている。 あと、モネの絵からいろんな芸術に影響を与えたことも僕の音楽から落語が生まれたことやそらまつりが生まれたことにもつながる。
モネの絵は、僕にとって絵画としての興味は少ししかなくって、それよりもそのコンセプトや存在そのものに刺激をもらえるものだった。 ひとつの表現からひとつの感想が生まれるのではなく、
ひとつの表現から幾多もの新しい表現が生まれることの神秘。 僕はそれを目指しています。 今日も新しいアイデアが溢れ出ています。
やりたいこといっぱいだ〜! 2015.9.30
丸山茂樹 #モネ #Art
国立新美術館The Spirit of an Era「具体」
The Spirit of an Era「具体」。
国立新美術館で9月10日まで開催している企画展に行ってきました。東京では初の開催。 大学時代、この芸術グループを知り、自分にとって岡本太郎と同じくらい刺激を受けた存在でした。
具体美術協会(具体)は、1954年、吉原治良をリーダーに関西在住の若い美術家たちで結成された前衛美術グループ。 『われわれの精神が自由であるという証を具体的に提示したい』 「人のまねをするな」、「これまでになかったものをつくれ」という吉原治良の指示のもと、
今ではよくある表現の形が当時、奇想天外な表現として打ち出されていました。
音楽という表現の素晴らしさに気づき、自分の表現の方法を模索していた当時の僕にとって、
すべてが新鮮で、自分の中に鮮やかに飛び込んできました。
当時の高度成長期の日本において、こんなにもエネルギーあふれる創作やチャレンジ精神の表出。
思いついたことを恐れずにまずはやってみる、
人とは違うことをしっかりと研究して自分の考えていることを形にする、
そんなことをやりたいと思っていた自分の


「具体」
「具体」について。 今日、とある打ち合わせの流れで、
久々に大学院での研究テーマであった「サウンドスケープ(音風景)」について、記憶を呼び起こしていた。 「サウンドスケープ」とは、カナダの作曲家R・マリー・シェーファーが、環境の中における音の存在を表現するものとして提唱された言葉である。音の世界にも風景や景色があるという前提のもと、世界的に使われている。
視覚の陰にあり、日常では無意識化しがちな私たちの景観や環境への聴覚的感性や思考を喚起しようとするものである。 この研究をしていく中で、僕は「場所」というキーワードにたどりついた。音楽も造形も一方的な見方で感じるのではなく、様々な表現を通して「場所」という全感覚的に捉えられるものへと変容していくことを、可視化する内的なものから感じとった。 それが、僕のプロデュースしてきた「そら祭り」となったと実感している。
この「サウンドスケープ」については、今後詳しく書いていくことにして・・・。 そんな大学~大学院時代は、ずっと芸術への興味が深まり、美術館巡りなどをしていた。
特に衝撃だった作品・活動と