東京・世田谷「世田谷ボロ市」/SHIGEKIMARUYAMAアクセサリー展示・販売

2018/12/13

「世田谷ボロ市」に初出店いたします☆
そらまつりに出展いただいているhonobono号さんのボロ市での出店スペースをお借りして、

SHIGEKIMARUYAMAアクセサリーや来年のカレンダー等、展示販売いたします!

 

約700店の露店が並び、1日におよそ20万人もの人出でにぎわうボロ市は12月(15・16日)と1月(15・16日)の年2回、2日間ずつ、代官屋敷を中心にしたボロ市通りで行われます。

 

SHIGEKIMARUYAMA出店日は

2018年12月15日(土)

2019年1月16日(水)

になります。

honobono号さんの蜂蜜もオススメ!!ぜひ、ご来場ください♪

 

 

◯日時

2018年12月15日(土)

2019年1月16日(水)

午前9時~午後6時頃

 

◯開催場所・交通

東京都世田谷区世田谷1丁目にある「ボロ市通り」とその周辺

「世田谷線」世田谷駅・上町駅、徒歩3分

 

ボロ市の始まり

ボロ市の始まりは、遠く安土桃山時代まで遡ります。当時関東地方を支配していた小田原城主北条氏政は、天正6年(1578)世田谷新宿に楽市を開きました。楽市と言うのは市場税を一切免除して自由な行商販売を認めるというもので、毎月一の日と六の日に6回開いていたので、六斎市(ろくさいいち)ともいいました。その後、北条氏は豊臣秀吉に滅ぼされ、徳川家康が江戸に幕府を開き、世田谷城が廃止されると、世田谷新宿が城下町としての存在意義を失い急速に衰えていきました。六斎市は自然消滅して姿を変え、何時のころからか年に1回、年の暮れに開かれる歳の市(市町)になっていきました。明治の世になって新暦が使われてから正月15日にも開かれ、やがて12月15・16日の両日、正月にも15・16日の両日開かれるようになり現在に至ってます。

「ボロ市」の名の由来

戦国時代に楽市として世田谷新宿に開かれた市は、徳川時代になって市町(いちまち)という名のもとに歳の市として開かれていましたが、明治20年代になって古着やボロ布の扱いが主流となっていき、いつしか農機具や正月用品が主だった「歳の市」は、その実態に合わせて「ボロ市」と呼ばれるようになりました。正式な名称となったのは第二次世界大戦後からですが、既に明治の終わり頃には世田谷の「ボロ市」が定着していました。

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