自分自身

2010.09.16
音楽が気づかせてくれること

「音楽」ってやっぱり素晴らしい。

自分が初めて本気で何かを伝えたいと思った時に、
その手段となったのが音楽でした。
そして、思いが伝わらない壁にぶつかり、どうしようもない時に、
「言葉」なんていらないと思わせてくれたのが音楽でした。
音楽なんてやめてしまいたい、表現していたって誰もわかってくれないと苦しんでいた時に、
生きる喜びに気づかせてくれたのも音楽でした。
そして、本気で自分のやってきたことに後悔がなく、ぶれない信念を貫く勇気を奮い立たせてくれるオレの生き様は「音楽」だと、やっと言えるようになりました。

ぶれない心があると思っていても、人はすぐに甘えるし、逃げてしまう。
それでも突き動かす何かがある時、その信念だけは嘘をついていない。
誰に何を言われようとやりたいことに嘘がなければ、それは輝いている。
辛いし、苦しいし、悲しいけど、生きる喜びに満ちている。

そんな感覚を「音楽」は教え続けてくれた。
なのに、そんな音楽を信じられなくなってしまっていた。

「そら祭り」をやり、たくさんの人を信じ、
想いを共有する喜びをみんなと分かち合いたくて、ガムシャラにぶつかってきた。
でもそこには「音楽」はなく、人の様々な感覚が信念とは違う形で動きはじめた。
そのおかげで気づけたこともあるし、たくさんの喜びを生み出せたと思う。
でもそこには、オレの信念しかなかった。
新しい考え方を分かってほしいという信念が強すぎたのかもしれない。

「音楽」だけで伝えていればよかったのに・・・。
4年前までの自分は、自分の音楽への自信もなく、楽しむ音楽の意味がわかっていなかったのかもしれない。
でも今は気づいている。
「音楽」を伝える自分と、それを支えてくれる信念のある「音楽」を愛する人達がいれば、
他には何もいらないと・・・
それがしっかりできないで、他の考えが伝わるはずがない。

「音楽」がどう伝わり、「音楽」によってどう環境や世界が変わっていくかを見つめたい、みんなでそれを実感したい。
「音楽」を取り巻く環境がどれだけ、僕らに必要か。
それを忘れ去ろうとしている現代に終止符を打ち、音楽の可能性をもっと追究したい。
「音楽」における考え方が生活に必要となるはずだから。
僕がそうであったように・・・

長くなりましたが、そんな「音楽」の可能性と共に歩んできたからこそ、さらにそう生きていきたいと思い深めた数日間でした。

関連記事

oi[
oi[